富士学院での一年がいちばん苦しく、いちばん充実していた時期だった

吉田武史 先生 国立がん研究センター中央病院

  • 出身大学久留米大学医学部医学科卒業
  • 出身高校宮崎北高校

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父が歯科医なので、人に喜ばれる仕事をしたいと思う環境が身近にありました。だから歯科医を目指していたのですが、より人のためになる仕事を、という思いが強くなり、最終的には外科医になることを決意して、富士学院に入学しました。

入学当時の偏差値は38。そのうえ歯科志望でしたので、化学と微分積分は全く勉強していませんでした。医学部合格に対して実力が程遠いことは自分が一番よく分かっていました。だから勉強量だけは負けないようにと、朝9時から夜10時まで富士学院で勉強し、分からない点は授業のその場で質問し、理解するようにしました。数学の問題は10ヶ月間にプリント1500枚。寮に戻って1時間位休んだら明け方4時5時まで勉強。寝ないまま次の日を迎えたことも多くありました。とにかく、がむしゃらにがんばりましたね。 でも、受験が近くなってくると、ものすごい不安が押し寄せてきて、12月頃にはピークに達しました。そんな時に助けられたのは、心底相談にのってくれた先生方と職員の皆さんの存在でした。この、すぐに相談に乗ってもらえる環境が常にあることが富士学院の良い点だったと思います。

結局、最後の模試でもE判定でしたが、最後の最後まであきらめず、久留米大学・北里大学・川崎医科大学の合格を勝ち取りました。 勉強の不安は勉強で乗り越える。不安があってもリズムを崩さず、あきらめずにやりぬく事が必ず結果につながる。医師になった今、振り返っても富士学院での生活がいちばん苦しい時でした。だからこそ、いちばん充実していた。その時の経験は今でも生きているように感じます。受験は本物になるための試練であり、大変な仕事である医師になるための訓練だと今、振り返って思います。最後まであきらめないでください。